変化

きょうは暖かい日でした。というより、暑かった。いつもと同じだけ着ていたら、

暑くなって脱いでしまいました。

季節が急に進んだように見える日、他の人はどう感じるのでしょうか。 

私は、なんだか焦りに似た感覚に見舞われます。 まだまだ元のところに留

まっていたかったかのような。そこに、やらなければならないことがまだ残っ

ていたかのような。 先の季節を、まだきちんと見送っていなかったのに、と

いったような。

いつまでも寒さが厳しいうちは、(春よ、早く来い!) としか思わなかったの

に、愚かなことです。 


季節に限らず、変化というものはすべて突然起こるのではなく、気づかない

うちにすでに少しずつ準備されていて、ある時急にその変貌を露わにして、

人を驚かせるものだと思います。 よく周囲を観察してみれば、自然も、個人

も、社会も、世界も、すべてそうです。

ですから、大きな変化に慌てないためには、私は少しずつ準備されている変

化の兆しに、もっと敏感にならなければならないのです。 そして、変化が露

わになる前に、為すべきことをしなければ。

今、私の為すべきことは何か? 自分に為せることには何があるのか? 

そんなことを考えてしまった春日和でした。


・・・う~ん。 ・・・、・・・、・・・
 

とりあえず、老け防止のために、顔にクリームでも塗りましょか? (爆笑)

スポンサーサイト

恵み

クリスマスが近づいています。

街がイルミネーションで飾られて、人々がなんとなくソワソワし始めたように

見えるこの時期になると、子どもの頃を思い出します。一年で一番好きな行

事がクリスマスでした。


私の家の周りにはイルミネーションなどなく、もらえるプレゼントは赤い長靴

に入ったお菓子と決まっていましたが、北風が木の葉をみんな吹き飛ばし、

空が白っぽくなって、年末の話題が大人たちの口にのぼり始めると、私はも

うクリスマスを想ってワクワクするのでした。

クリスマスの夜に雪が降らないかなあと、そればかりをひたすら願っていま

した。なぜって、雪は神様の恵みのように思えたからです。サンタクロースは

その雪の中を橇を蹴ってやって来るのですから、クリスマスに雪が降らない

というのは、プレゼントをもらえても、なんだかインチキくさくてがっかりで

す。神様の愛が足りないような気がしました。

私の住んでいる地方は雪が少ないので、毎年たいていがっかりしていたの

ですが、それでも毎年、今年こそはと期待してしまうのです。

雪が降った年のクリスマスの幸せ感といったらありませんでした。夜中に何

度も外へ出て、チラチラと落ちてくる儚い雪を手のひらに受け止めたもので

す。神様からのメッセージのような気がしました。

私は何の宗教も持たない人間ですが、今でも雪の中に立っていると、この世

界に抱き取られ、生かされているような想いがしてきて胸が一杯になります。

冷たい雪に、恵みのような温かさを感じるというのは、変わった人間かもしれ

ませんけど。


私にとって今年一番の恵みは何だったでしょう。

それはやはり、次男の健康です。何度も危機のあった昨年に比べると、ほん

とうに良くなりました。仕事は相変わらず忙しくて疲れるようですが、危なげな

くこなしています。この大きな恵みが、今年のサンタさんのプレゼントでしょ

う。来年はいよいよ婚活かな? と密かに考えている母です。


もうすぐ来ます、クリスマス。金曜日から寒波が来ると天気予報で言っていま

した。今年こそ、雪が降るんじゃないかな? 

ワクワク、ソワソワしてきましたよ。

続きを読む

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

友を想う

霧雨に濡れる神社の森を眺めながら、ブログの友人を想っています。

今ごろどうしておられるのでしょうか? 何を想っていらっしゃるのでしょう?


 このブログを始めてすぐに出会って、やがて八年を迎えようとしています。様々

な思いや感想を率直に語り合ってきました。時に、共に詠い、呼応の詩歌を交わ

し合ったりもしました。とても密度の濃い時間でした。

その友人からは、たくさんの心に響く言葉を聞かせていただき、何人もの素晴らし

い魂に出会わせてもいただきました。ほんとうに読み巧者で、私の表現しようとし

たものをすべて理解してくださいました。だから私は、自分の信じる小説を真っ直

ぐに書いてこられたのだと思います。

 その友人の声が聞こえなくなりました。しばらくじっと待っていましたが、このと

ころずっとお姿が見えません。

私は更新されていない友人のブログへ行って、過去記事を何度も読み返しました。

そのうちのひとつに、友人の描いた森の絵があります。一番好きだとおっしゃって

いた絵です。ご自分の思いを受け止めてくれた絵であるとも。素晴らしい絵です。

どうしたらこんなふうに描けるのかと思うような。

でも、私は、ほんとうのことを言うと、少し好きになれない気がしました。

そこは、靜かな、靜かな、森です。とても、とても、深い森です。清らかで、本当の

ものしかない森です。そこにはきっと、「ここだよ」という木霊の声がするのでしょ

う。けれどそこは、誰もいそうもないような、寂しい、寂しい、森なのです。

 私の友人はきっと、老いの重荷を一人で抱えて、その森に入って行ってしまわ

れたのです。できることならもう一度呼び戻して、私はもう一度、哲学する孤独な

ライオンのようにポツポツと語る、友人のあの優しい声に耳を傾けたいのです。

でも、もう声は、届かなくなってしまいました。春になったら、また森の中から出て

きてくれるでしょうか?


 厚く雲をためた白い空に、かつて友人の詠んだ、あの句が浮かんできます。

      探りても 隠れん坊する 鬼ひとり

友よ、あなただけの森が、あなたにとって、どうか穏やかで優しい、居心地のいい

森でありますように。    

テーマ : 伝えたい事
ジャンル : ブログ

秋の陽の中で


  陽だまりに 小さき羽虫 来て遊ぶ


久しぶりに秋らしい天気になりました。綺麗な陽がベランダから差し込んでい

ます。 向かいの家の外壁を覆っていた蔦の葉が枯れて窓が姿を現し、風が

吹くとカサカサと音をたてて揺れて、清涼な空気の中に、なにかもの悲しい雰

囲気を漂わせています。 そういえば博多にいた時のアパートも、いく筋もの

長い蔦に覆われていて、今ごろはカサカサどころかザワザワ~っと、雨のよう

な音をたてて揺れていましたっけ。


この秋は曇天つづきでお日様の光は貴重ですので、さっそく布団を干してシー

ツを洗いました。そこへ生協のお兄さんが荷を運んできてくれて、きょうの空に

負けない明るい声で何やかやと言葉を交わし合いましたら、いっそう爽やかな

気分になりました。

家事の手が空いてから、神社の御神木がやわらかい陽の中でわずかにさやい

でいるのを、ベランダの向こうに眺めながら少し上等なお茶をいただきました。

湯気のたつ飲み物が恋しくなる季節です。


こうした何でもない穏やかな日常が、どんなに有り難く豊かなものか、歳のせい

でしょうか、しみじみと思われるようになったセイラです。

父を悼む

父はまだもの心もつかないうちに両親と死に別れ、親の顔を知らないまま、新潟の

伯父の家で育てられました。少年期を戦争の中で過ごし、戦死する以外の道は考え

られず、将来への夢を抱くこともありませんでしたが、出征送別会の翌日に、思いが

けず終戦を迎えました。

戦後は「青年の主張」という弁論大会に出場したり、小説を書いたりと、青年らしい

覇気を見せる父でした。


けれど、18歳で子供のなかった姉夫婦の養子になり、静岡県の山奥に来てからは、

農業という好まぬ仕事に就かねばならず、その農業だけでは生計が成り立たないた

め、生活費を養父に頼らねばなりませんでした。加えて姉夫婦は喧嘩の絶えない夫

婦で、父はすぐに来たことを後悔しましたが、といって、帰れる家はもうありません

でした。

唯一の救いは恋をしたことです。ところが、好きになったその女性は、結核で亡くな

ってしまいました。

何ひとつ思うに任せぬ失意の父は、そのころに、人生を諦めたのかもしれません。


誰でもいいという思いで迎えた嫁は、働き者で明るく世話好きな性格でしたが、父

の憂愁を理解してくれる人ではありませんでした。父はいつも自分ひとりの中に閉

じこもっているような人になりました。

それでも4人の娘ができ、子どもたちにはとても優しい父でした。寝る前にいつも聞

かせてくれた「かわうそくん」という自作のお話は、最後にきまって近所の子どもた

ちが登場し、毎回違ったラストになるのでした。


農業では現金収入が少なすぎると思った母は、父を林業に送りだしたりしましたが、

その仕事も常にはありませんでした。どこかの会社に就職をと目論んでいた矢先に、

養父の弟が営む水道工業所が人手不足だということで、そこの工夫にと乞われて行

くことになりました。義理に縛られた父には、またしても選択の余地はありませんで

した。

以来30年近く、黙々ときつい水道工事の仕事を続けました。青年のころは、小柄で色

白のインテリタイプの人でしたが、当時の父は真っ黒で、骨と筋肉しかないような、

ひどく痩せた工夫でした。

娘たちは一人、また一人と成人し、家を離れていきました。

その間、それなりに幸せそうにも見えていた父でしたが、心のどこかに闇を抱えてい

たのでしょうか、50代の終わりになって精神を病みました。その後は前立腺肥大、糖

尿、腰痛、胃癌、腸のポリープ・・・次々と病気ばかりの晩年でした。ここ数年は肺

線維症で酸素吸入の生活になり、肺炎で何度か入院しました。

それでも娘が、「お父さん、自分の人生を振り返ってどう思う?」と聞くと、「ま

あ、幸せだったわいなあ」と答える父でした。


酒と、風呂と、星を眺めるのが好きな人でした。歴史と新聞が好きで、歴史の本を読

み始めると、誰かに呼びかけられても、まったく聞こえなくなる人でした。

争いが嫌いで、他人を責めることのない人でした。また、驚くほど動物に好かれる人

で、蝶や野鳥が頭に止まったり、野良猫が勝手に膝に入ってきて丸まっていたりした

こともあります。その猫は、父がトイレに用を足しに行くと決まってついて行って、

隣の小便器で自分も用を足すのです。それに困った母に、遠くへ捨てられてしまい

ました。

口数が少なく、いつも静かに家族の団欒を見守っている人でした。そのくせ時々、は

っとするようなひと言を言ってくれる人でした。


趣味・嗜好は高尚な人で、不味いものは決して食べず、健康のために何かを我慢し

たり、努力したりする人ではありませんでした。肉体労働は本来は嫌いで、家では草

の一本も抜かず、怠け者と言われました。

旅行や人付き合いもせず、車の免許も取ろうとしない変わり者でした。お祭りも好ま

ず、お祭り娘の母には、「面白くない人」だと嫌われました。母の絶え間ない小言に

は、「おまえは幼稚だ」と言ってよく耐えました。

母にはたくさん苦労をかけましたが、最後までありがとうが言えませんでした。その

かわり、病床では母の姿ばかり目で追って、じっと見つめていました。娘には、母の

ことばかり頼む父でした。


痰がたくさん出て、ひと月の入院で200回近くも苦しい痰の吸引をして、「眠るよ

うに逝くなどと世間ではいうが、大嘘だ」と怒っていました。

10月3日の夜、母の顔を見て、「もうお別れだ」と言ったのが最後の言葉です。

4日の午前、ついに力尽きて、最後の時間は眠るように静かに、静かに、逝きまし

た。


これが私の父です。 

もう、いません。


プロフィール

hinoharuko

Author:hinoharuko
銀河の旅人セイラです。私の見た地球人の姿と、それを描いた小説をめぐって、気ままなお話をしていきます。
私の本のご紹介・・・① 「たった一つの抱擁」(文藝書房)…この星の男女(夫婦)の不可解な生態を描き出した作品。 ② 「沙羅と明日香の夏」(リトル・ガリヴァー社)…神秘の奥三河を舞台にした、二人の少女のひと夏の経験。生きることの深奥を見つめた青春小説。(東愛知新聞社主催「ちぎり文学奨励賞」受賞)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード